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猿の仕事 [on the web]

柴田元幸編集長のウェブ版でしか読めない編集後記、雑記 etc…
本誌とはまた違った編集長の一面が垣間見られるはず?

2010.8.20

「アメリカ号」おかげさまで好評です。巻頭のリン・ディンの写真からインパクトありますね、と言ってもらったりするととても嬉しいです。拙訳の短篇集『血液と石鹸』(早川書房)は、アメリカ/ベトナムの隠微な支配・被支配関係や、言語と現実の関係を扱った作品が多い風変わりな一冊ですが、最近のリンは、アメリカの経済的・文化的貧困、貧富差の拡大への怒りあらわな文章・写真を数多く発表しています。写真も文章も、State of the Unionというフォトブログにまとめてあるので、興味のある方はぜひ↓

http://linhdinhphotos.blogspot.com/

アメリカ関係の文章で異色なのは、ベオグラード大学の英文科助教セルゲイ・マツラさんが書いてくれた、ベオグラード大アメリカ文学事情。去年学会でベオグラードへ行ったときに、全体的に自虐的なユーモアのある国民性だなあと思ったのですが、そのなかでひときわ渋く自虐していたのがこのマツラ氏。

アメリカ号といってもアメリカ一色にはしたくなかったので、クライヴ・コリンズ「海、美しい海」(イングランド)、ジェームズ・ジョイス「アラビー」「イーヴリン」(アイルランド)といった海の向こうの作品も載せました。こちらも併せてお読みいただければ。あ、それから、横光利一+円城塔の組み合わせもすごいし、スポジマイ・ザリアーブは今回も摩訶不思議だし、それに一連の連載陣も……と、結局全部宣伝したくなってしまいます。

2010.7.20

僕の住んでいる地域では毎日朝6時からはNHK・FMのバロック音楽の時間で、7時ちょっと前にこれが終わると、気象情報、JR東日本運行状況、道路状況の情報をはさんで7時のニュースとなる。何度聞いても感じ入ってしまうのは、JR情報と道路情報を伝える二人の女性の話し方のコントラストである。

決まった二人ではない。どちらも何人かずつメンバーがいて、代わるがわる登場する(曜日ごとに決まっているのかもしれないが、その点は未確認)。なのに、JRの女性たちはみんな話し方が初々しくて、素人っぽく、一方道路の人たちはみんな大人っぽくてプロっぽい。たぶん年齢も道路側の方が上。道路側はたまに男性が出てくるが、男性もやっぱり大人の雰囲気を漂わせている。とにかくはっきり違う。

どうしてこんなに違うのか。おそらくは、道路状況の方が情報はずっと複雑なので(JRの方は「平常どおり運行しています」のみのことも多い)、話すための専門的訓練をしっかり受けているということなのだろうと思うが、声の大人っぽさがここまで違うのは、それでは説明できない気がする。

もしかしたら、両者が示し合わせて、「テレビと違って絵で違いを出せないから、声で違いを出して、どっちの情報だかはっきりわかるようにしよう」と決めているのか。それとも、単に担当の女性を選ぶおっさんたちの趣味の違いだったりして。

2010.6.21

3人も入れば満員になる小さなミストサウナの真ん中に座っていたら、背中一面に刺青をした人が入ってきて、僕をぎろっと睨んで、僕の左に座った。間もなく、背中一面に刺青をした人が入ってきて、僕をぎろっと睨んで、僕の右に座った。彼らはじきに、僕をはさんで、会話をはじめた。その主たる話題は自分たちの体重で、人間歳ぃとったらダイエットするなりジム行くなりせんと贅肉ついちまってあかんなあ、といった話を、真ん中に僕がいるのがいかにも邪魔そうに喋るのである。

こっそり左を見ると、左の刺青紳士と目が合う。
こっそり右を見ると、右の刺青紳士と目が合う。
何だかまるっきり、バリー・ユアグローが『モンキービジネス』に連載している〈ギャングスター・フェイブルズ〉の日本篇みたいである。
バリーだったら、この設定からどう展開していくか。見当もつかないが、「僕」が何ごともなく無事にこのサウナから出ないことだけは断言できる。
バリーの小説のなかの登場人物じゃなくて、よかった。

〈ギャングスター・フェイブルズ〉、秋にはモンキーブックスの一冊として刊行予定です。そうそうその前に、ダニイル・ハルムスの『ハルムスの世界』見本が出来ました。こっちは6月20日に書店に並びます。単行本にしてみると、メチャクチャすごい人だなあと改めて思います。最良の訳者を得て、日本では理想的な紹介が出来たと自負しています。  

2010.5.20

あなたの雑誌にこれまで載せたすべての記事のなかで、一番気に入っているもの・思い入れがあるものを紹介してもらえませんか、と、文芸誌『黒い時計』の編集長スティーヴ・エリクソンに恐るおそる訊いてみたら、さっそく選んでくれたのが、最新号に載ったリチャード・パワーズの短篇。他人にはどうでもいいことだろうけど、エリクソン、パワーズ両方の翻訳者であり、彼らの作品によって現代アメリカ文学観を組み立ててきた人間としては、こういうやりとりがメール上で一夜にしてなされてしまうことに感無量。

スティーヴが選んでくれたパワーズ短篇「オーバー・ザ・リミット」は、基本的にはパワーズの最新長篇の一部なのだが、よくあるように単なる抜粋ではなく、「長篇の一部の自由な翻案」という説明。要するに、長篇を書き終えたか、書いている最中に、その一部を短篇として大幅に書き直したということでしょうか。そのあたりの過程も面白かったのでこれを選んだんだ、とスティーヴは言っているので、『モンキービジネス』掲載時にはそのへんの事情も語ってもらおうと思います。作品が長いので掲載は秋以降になりますが、乞うご期待。

2010.4.20

先日『モンキービジネス 翻訳増量号』、『短篇集』、『カフカ』の見本刷りが届きました。自画自賛みたいですけど――自画自賛なんですけど――三冊とも大変カッコいいです。まあそのことについては、編集部がTwitterなどでも広報活動やってるので、ここでは別のこと書きます。

『翻訳増量号』の、福岡伸一さんとの対談のなかで、チラシの裏に水性ボールペンで書いた僕の手書き翻訳原稿が載っています。これがここ10年くらい翻訳原稿の標準形態だったのですが、現在翻訳中のジョゼフ・コンラッドの『ロード・ジム』では、KOKUYOのプラスチック・スパイラルのノートを使っています。穴ごとに一つずつリングがあるのではなく、ひとつながりのスパイラルになっているタイプで、リングが外れることもなく、大変使いやすいです。しかもプラスチックが意外にいい感じで、めくるときに金属よりソフトな感じがする。紙の滑りもすごくいい。これに、水性ボールペンではなく、極太の万年筆を使って訳文を書いています。そんなわけで、目下のところ、KOKUYOの<ス−PV10A−B>と、PELICANのRoyal Blueのインクを切らせないことが至上命令。

どうしてノートに変えたかというと、ひとつには、この前に訳したポール・オースターの『オラクル・ナイト』の影響が考えられます。この無類に面白い小説では、ポルトガル製の青いノートが重要な小道具になっているのです。そういうのを訳していると、リサイクル精神には反してしまいますが、なんとなく自分もノートを使いたくなります。KOKUYOのノートも何色かあるけれど、真似してもっぱら青を使っています。

それともうひとつ、まあこっちの方が重要だと思うんだけど、『ロード・ジム』というテクストがむちゃくちゃ難しいということもあります。チラシにそれこそ訳しちらしても何とかなるのは、テクストが過度に難しくないことが条件。難解な作品の場合は、訳文をきっちりコントロールするために、ノートというしっかり閉じられた空間が必要みたいです。そういえば、昨年やっと訳し終えたトマス・ピンチョンの『メイスン&ディクスン』のときも、インターネット上でさんざん史実やフレーズをリサーチしながら訳したので、これは例外的にパソコン上でWordを使って訳したのでした。

『オラクル・ナイト』の主人公は、ポルトガル製の青いノートに文章を書くことで、次々に不思議なことが起こりますが、僕には今のところ何も不思議なことは起きていません。やっぱり日本製ではマジックが薄いか。

2010.3.23

Duck, Death and the Tulip (Gecko Press)という英語の絵本がとてもよかったです。原書はEnte, Tod und Tulpeというドイツ語の本で、作者はWolf Erlbruch。一匹のアヒルの元に死(死神)がやって来るんだけど、アヒルをさっさとあの世につれていく代わりに、死はアヒルとそれなりの仲良しになって、一緒に池に入ったり木に登ったり体をあたためあったりする。べたべたセンチメンタルに描かずに、すごく淡々と描いてあって、惹かれました。日本語版、出るのかなと思ったら、なんともうとっくに出ています。エアルブルッフ『死神さんとアヒルさん』(三浦美紀子訳、草土文化)。
『モンキービジネス』でも、いつか死を取り上げたいと思っているのですが、いい名前が思いつきません。「死号」ではねえ……どなたか、名案があったら教えてください。

2010.2.22

昨年秋の「物語号」で部分訳を掲載した、ナサニエル・ホーソーンの『アメリカン・ノートブックス』をその後もぱらぱら読み直しています。いまひとつピンとこなくて「物語号」には載せなかった短文の中に、その後も何となく気になっているのがあるので、ここで訳してみます――

二人の恋人が、あるいは他人が、ごく内密な用事で会うため、これ以上人目につかないところはないと思った場所で待ち合わせるが、行ってみるとそこは大勢の人でごった返している。

仮にある村で、次のような習慣があったとする。ある家で死者が出たら、花輪か何か、弔いのしるしを飾り、そのままずっと、どこかよそで死者が出るまで飾っておく。そして、新しい死が生じた家に、その花輪を持っていて飾るのである。これはなかなか強い印象を与えるのではないか。

盲人が闇夜にたいまつを持って歩く。人が彼に気づかずぶつかったりせぬよう、そして、何か危険があったら教えてくれるようにである。

10世紀、オルガンの機構はまだ原始的だった。ウェストミンスター寺院にあった、400本のパイプを備えたオルガンは、26のふいごと、70人のたくましい男を必要とした。ヨーロッパで知られた最初のオルガンは、757年、コンスタンティヌス皇帝からピピン王に贈られたオルガンである。熱湯がパイプの下の水槽に貯められ、鍵盤を押すとバルブが開き、音と一緒に蒸気が吹き出た。どうやってこれを操ったのか、秘密はいまや失われている。やがてふいごオルガンが登場し、ルートウィヒ一世が最初に使った。

――いずれも、1835〜1837年ごろの記述。

2010.1.20

今回は自分の仕事を宣伝します。“relations.”(リレーションズ・ドット)という、JR新宿・渋谷・池袋駅で配っているフリーマガジンに、毎回一本短い詩を訳しています。そろそろ出る第7号では、旧約聖書の「伝道の書」の一節を訳しました。もっとも、訳者は単なる脇役で、主役は何といっても、見開き2ページいっぱいに描かれた、きたむらさとしさんのイラスト。これはすごいです。そのうちどこかで原画展をやりたいです(ちなみに、出たばかりの『モンキービジネス』音号では喜多村紀・きたむらさとし両氏が再登場、兄弟の文章と絵が並びました)。

都内だけの配布で申し訳ないのですが、iPhone, iPod Touchでも雑誌全ページが無料で見られるみたいです。僕は依然、iPhoneであれそれ以外であれ携帯電話を持っていないので、どういう感じかよくわからないのですが、見た人によると、びっくりするほど綺麗らしいです。こんなに画面ばかり綺麗になってどーすんだ、と、いろんなものを見ていてよく思うのですが、きたむらさんのアートが綺麗に見られるのは悦ばしい。テクノロジーの正しい使い方です。iPhone等々、正確な情報はこちらを↓
http://www.re-lations.co.jp/

それにしても、いつまで携帯なしでやっていけるか……街なかの公衆電話はどんどん減ってきているし……でも、一台でも、ありさえすれば、まず誰も使ってないから、すぐ使えるのは本当に隔世の感。渋谷や新宿あたりで、何台も並んだ電話機のうしろに、いつもずらっと列が出来ていたのは、ほんの10年……15年前?

編集部でそんなふうにローテクなのは僕だけで、いまやちゃんとmonkey business on Twitterもあります。よかったらご覧になってください。

モンキービジネスがここまでやってこられたのも、読者のみなさんのおかげです(何せ、広告がないので、これは100パーセントの真実なのです)。ちょっと遅いですけど、今年もどうぞよろしくお願いします。

2009.12.21

今年読んだ本のなかで一番印象深かったのは、伊井直行の『ポケットの中のレワニワ』(講談社)。伊井直行の小説は、いつでもその面白さを言葉にするのが難しいのだが、今回は特にそう思う。ストーリーの展開がそのまま面白さにつながっている気はしないし、ワーキング・プア、引きこもり、人種や階級といった現代的な主題を取り上げていること自体が美徳なのでもないし、現実的な要素と幻想的な要素の混ぜあわせ方はもちろん巧みだがそれとて決定的要因とは思えず……「でもとにかくいいのだ」と、最後はいつも同じところに行きついてしまうのです。

『モンキービジネス』にも、いつか伊井さんに登場していただけたら……と、猿が夢見たところで今年の猿の仕事on the Webはおしまいです。みなさま、よいお年を。

2009.11.20

今年もやって来ました推薦状の季節。留学予定の、アメリカ文学専攻の大学院生のために、アメリカの各大学に宛てた推薦状を書く。僕が学生だったころは、学生が自画自賛文を書いていって、先生はサインするだけ、なんて話もまだ聞いたが、最近はみんなちゃんと、教師が書く。

僕は幻想文学や怪奇小説が好きだが、推薦状書きとしてはリアリズム一辺倒である。現実を、ありのままに書く。ただし、否定的側面はあんまり強調しない。かつてウィリアム・ディーン・ハウェルズというリアリズム作家がいて、我々アメリカ人は現実の晴れやかな側面(the more smiling aspects of lifeという言い方を彼は使った)を書くべきだと唱え、そういう温厚なことを唱えたものだから後世からはいまひとつ尊敬されていないのだが、僕の書き方はまさにハウェルズ風リアリズムである。ニコニコ。

ここ数年、推薦状をオンラインで書くところが増えてきた。今年はどうやら、全校オンラインになりそうな勢いである。これは単に文書をメールするというのではなく、指定されたサイトに行ってパスワードを打って中に入り、そこにある書式に必要事項を書き込むのである。サインはどうするのか、と思って見てみると、一番下にelectric signatureとあり、さらに“type your name”と記してあって、何のことはない、自分の名前をタイプするだけなのでした。そんなのでいいのかよ、と一瞬思うものの、考えてみれば昔ながらの手書き署名だって、それ自体において、その人本人だという証明になるわけではない。まあ考えてみれば当たり前である。近代において、神だの何だのといった絶対的権威にお引き取り願った結果、私が私であることを証明する根拠はどこにもなくなったのだ。

少年時代、素行不良・学業不振で何校からも退学させられていた作家トバイアス・ウルフは、憧れていた一流校に入るため、推薦状を偽造した――リアリズムではなく(すなわちこれまで教師たちが現実に見てきた自分の姿に基づいて書くであろう文章ではなく)、幻想文学を(すなわち教師たちが「本当の」自分を知ってくれたら書くであろう文章を)。むろんそこは未来の作家、雄弁な幻想推薦状が功を奏し、トバイアス少年はみごと希望校に入学を許可されたが、拙著『愛の見切り発車』(絶版)で書いたとおり、嗚呼、やがてその学校も彼に退学を命じることになったのである。

2009.10.20

今月発売の『モンキービジネス』第7号は、石川美南・小沼純一・村上春樹の三本柱を擁する「物語号」。出来上がるのが楽しみ!と思っていたら、オンライン書店のビーケーワンから新刊ニュースがメールで届き、冒頭に

   村上春樹が語る「物語の善きサイクル」必見です!

とあったので、うわーどこかの雑誌に先を越された!と思ったのですが、考えてみたらそれって今度の『モンキービジネス』に掲載する村上さんのエッセイのタイトル。で、よく見てみたらそれは『モンキービジネス』第7号の先行情報なのでした。『モンキービジネス』の新刊情報が、『モンキービジネス』責任編集の許に届いたわけです。

これは初めてのことではない。「柴田元幸さんへ オススメ外国文学」といったたぐいのリストが送られてきて、そこに自分の翻訳書が何冊か入っている、なんてことは今までにも何度かあった。むろんこれは、オンライン書店が僕の嗜好を(おそらくはこれまでの購買歴、チェック歴に基づいて)正確に分析した結果にほかならない。それに、考えてみれば、自分が英語を読めなかったらこういう本の翻訳を読みたいと思うであろう本をこそ訳しているのだし、こういう雑誌があったら自分が読みたいか?を唯一の基準にして雑誌だって作っているのだから。

なんにせよ、とにかく有難い話である。星の数ほど、はないにしても、とにかくすごく沢山ある新刊書のなかで、紹介・宣伝してもらえる本はごく一部、その中に入れてもらえるのだから。『モンキービジネス』を紹介してくれたビーケーワンのメールなんて、それ以外にも拙訳を2冊(マラマッド『喋る馬』、オースター『ガラスの街』)も取り上げてくれていた。感謝感激雨あられ。

2009.9.18

目下トマス・ピンチョンの『メイスン&ディクスン』を訳していて(新潮社より刊行予定)、原文が擬古文であるのにあわせて、古めかしさを醸し出そうと、通常カタカナで表記される普通名詞もすべて漢字で書き、ルビをつけている――

窓幕(カーテン)
乳酪(クリーム)
陰翳(ニュアンス)

……といった具合。
そこでお世話になっているのが、吉沢典男・石綿敏雄著、1979年刊の『外来語の語源』(角川書店)と、1927年刊の『三省堂英和大辞典』。前者は外来語の意味、語源はもちろん、日本でどう翻訳されてきたかが調べ上げてある。たとえば「パラドックス」は、「奇談、奇妙なる言い方」(これは文久二年)にはじまって、「奇怪に似てかえって道理ある説、奇怪の話」「逆説」「形非実理」「警句法」「仮論、異論、語逆理順」……これでまだ大正三年、まだまだ続きます 。

後者の英和大辞典は、昭和に入っているとはいえ、西洋のいろんな風物がまだ未知だった時代の産物、いまの辞書より説明が丁寧で面白い。sconeを引くと、「【蘇】ぼったら焼ニ似タ[おーとみーる製ナドノ]菓子」。【蘇】はスコットランドの意。ぼったら焼って何でしたっけ。

むろん、これらの辞書に載っていなかったり、載っていてもしっくり来ない訳し方しかない言葉も当然出てくるわけで、そういうときはもっともらしい言い方を捏造する。鯨骨腰衣(コルセット)、秩序攪乱者(トリックスター);白醤煮込(フリカッセ)はちょっと苦しいか……。

それにしても、『英和大辞典』は、大辞典と銘打っていても片手で持てる大きさで(ページ数も2680ページ)、今日の中辞典より若干厚いという程度、なのにempyreuma(焦性臭味)だのgunyah(豪州土人小屋)だの、大辞典クラスの単語はちゃんと載っている。当時はほんとにこの一冊で、英単語はすべてわかるという感じだったのだろう。それが可能なのも、computerといっても「計算者、推測者」の意味しかない世界だったからである。羨ましい。……なんて、Internet(載ってない)のwebsite(載ってない)上で言うのも変ですが。

2009.8.20

で、象のはな子を見にいった日の話のつづき。

脱腸手術後の患部の痛みはいちおうなくなっていたわけだが、長く歩いていると、20年来使っている半ズボンのベルトのバックルが古びてきちんと止まらないものだから、ズボンがずるずる下がってきて、これが患部を擦り、ちょっと痛い。動物園で象も「リスの小径」も猿山もアライグマもヤギも堪能したあたりで、だいぶ痛くなってきたので、まともなベルトを買おうと駅ビル「ロンロン」に入り、一歩ごとに募る痛みを抱えて「ベルト、ベルト」と念じつつズボンを片手で押さえながら階段をのぼっていると、すれ違った人に「シバタさん」と声をかけられたので誰かと思ってふり向けば、何とモンビズ第5号で「うたの猿山」をまとめてくださった穂村弘さんとその奥さま、本来なら「おかげさまで『うたの猿山』大好評です、ありがとうございました」とお礼の一言も申し上げるべきところなのだが、何しろアタマが「ベルト、ベルト」になっていたもので、「あ、どうも、こんにちは」と言っただけで行き過ぎてしまった。穂村さん、ごめんなさい。

穂村さんご夫妻は、古すぎるベルトに苦しむ京浜工業地帯在住のおのぼりさんとは違い、文化的な街吉祥寺にいかにも溶け込んでいて、かっこよかったです。

ベルトは、ロンロン内のユニクロで買いました。

2009.7.20

脱腸の簡単な手術をして一週間入院し、その後一か月、必要以上に歩くのが億劫な日々が続いた末に、やっとほぼ平常に復帰。で、日曜日、どこかへ出かけようと思い立ち、ちょうど電車の中のスクリーンに出ているのを見かけたばかりだったこともあり、吉祥寺の井の頭公園にいる象のはな子を見に行く。もう62歳だし、20年以上前から歯が一本しかなくてずっと流動食だというし、そろそろ見納めになるんじゃないか、などと思ったのだが、いざ再会してみると、前回(5年前くらいか)とぜんぜん変わってなくて、むしろ老化が進んでるのはこっちかと……「猿は象にかなわない」。

2009.6.20

何度思い返しても、胸の中でうーんとうなってしまうこと――

赤塚不二夫『おそ松くん』に出てくる、おフランスかぶれの井矢見が、自分を「ミー」と呼んでいること。

それって英語なのに、ついこのあいだそのことに気づくまで、「いかにもおフランスっぽい」と、何十年も自分が思っていたこと。

「おフランス」以外、固有名詞に「お」がついた例が思いつかないこと。

やっぱり赤塚不二夫は、偉大だ。

2009.5.20

『モンキービジネス』対話号、おかげさまで増刷が決まりました!
読者の皆さんのおかげです。ありがとうございます。

レベッカ・ブラウンが今月来日しました。マガジンハウスの一連の雑誌をはじめいろんな媒体に登場すると思いますが、『モンキービジネス』にも登場してもらう予定です。猿の自宅に来てもらい、CD棚を見てもらってあれこれかけながら、音楽について喋ってもらおうという企画。

レベッカと僕はほぼ同世代なので、ビーチ・ボーイズやキンクスの話になると、おたがい一言えば十わかる、という感じです。最近の彼女の推薦CDも、Jim Noir, TOWER OF LOVEとかThe Explores Club, FREEDOM WINDとか、DNAがA-C-G-TじゃなくてB-R-I-A-Nでできているみたいに思える人たちの作品です。

2009.4.20

4月8日、青山ブックセンター六本木店でトークショーをやったのだが、朗読中、急に腹が減ってきて、腹筋に力が入らなくなり、読みもトチリっぱなしだった。腹が減っては朗読はできぬ、と思い知った次第。

それに、これはぜひ言おう、と思っていたこともひとつ言い忘れてしまい、くやしいのでここで言う。宮本孝正の『不完全燃焼 冗句・格言・短詩集』(審美社)の中に、「青年よ、大志を抱け」(Boys, be ambitious!)のあとには「少女らよ、不安を抱け」(Girls, be anxious!)という言葉が続く、とある。

一瞬、本気にしましたぜ。

2009.3.23

たまには、予告をやります。
4月20日発売『モンキービジネス』Vol. 5 が「対話号」であることは Vol. 4 でお知らせしましたが、どんな「対話」かというと、まず――

川上弘美×小川洋子対談
古川日出男による村上春樹インタビュー

――僕も両方の現場に立ち会いましたが、いやーこの雑誌やってよかったなあとつくづく思いましたね。ゲラに目を通していても、実に読み応えがあります。

もうひとつ、歌人の穂村弘さん企画・指揮の下、「うたの猿山」と称して、ジャンル間・言語間の詩的対話をやります。

  1. 俳人1が猿について俳句を詠み、歌人1が猿について短歌を詠み、詩人Cが猿について詩を書く。
  2. 英語・日本語バイリンガル人間がそれらの俳句・短歌・詩を英語の俳句・短歌・詩に翻訳する。
  3. 俳人2が三つの英訳をそれぞれ俳句に「翻訳」し、歌人2が三つの英訳をそれぞれ短歌に「翻訳」し、詩人2が三つの英訳をそれぞれ詩に「翻訳」する。

――以上、俳句、短歌、詩、ともに5本が出来上がる計算です。参加者は穂村弘、小澤實、テッド・グーセン、小池昌代、佐藤文香、水原紫苑、四元康祐各氏。

レギュラー陣に加えて、新人作家COMES IN A BOXの作品なども掲載します。乞うご期待――

 

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