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| 馬たち | 2010/10/12 |
堕落した騎手が八百長をはたらき、本命馬を、ホームストレッチに入っていく先頭集団のうしろ、抜きようのない位置に導く。こうしておけば、最後の数ヤードは頑張ったように見せられて、かつ勝ってしまう危険はない。勝ったりしたら、一部の慧眼なる賭け手に莫大な利益をもたらす番狂わせが起こらずに終わってしまうのだ。
本命馬のトレーナーとオーナーは八百長に加わっておらず、馬から下りた騎手を叱りつける。二人とも、更衣室までずっとついて来てガミガミわめきつづける。お前はクビだ、と彼らは言う。競馬審議会の前に放り出して、騎手ライセンスを剥奪してやる、と脅(おど)かす。騎手はただ肩をすくめるだけだ。彼としては、あのゴール前での疾走を盾に自分を弁護することができる。これまでの経験で、その有効性は立証済みなのだ。それは顔を真っ赤にしたオーナーとトレーナーも承知している。「僕を責めないでくれよ、あんたたちの馬を責めろよ」騎手は言い返す(これはいまや言い慣れた科白)。トレーナーが騎手に殴りかかろうとするのをオーナーがかろうじて制止する。
騎手は別の競馬会に移る。今度はもう少し小さな、田舎の、まだ彼の戦歴が――少なくとも詳しくは――伝わっていない競馬場を選ぶ。自ら言うところの「一番好みの仕事」の合い間はいつもそうしているように、しばらくは大人しくしているつもりである。まずはそれなりの評判を築いて、そのあと「逸脱」すれば、すぐには疑惑を引き寄せずに済む。
ところがじきに、地元の某組織が、実に入りのいい「好みの仕事」を持ちかけてきたものだから、いつもの休閑期を経ずに騎手は引き受けてしまう。が、不安な気持ちは残る。
ゲートを出たとたん、事態は狂い出す。馬が言うことを聞かないのだ。騎手は鐙(あぶみ)をはめた足で狂おしく立ち上がりまでして、手綱を露骨に引っぱり、何とか馬のスピードを落とそうとする。ところが馬は敢然とトップに躍り出て、愕然として懸命に操らんとする騎手に抗して首をねじり、体を揺さぶって、ゴールまでその位置を保つ。
観衆は騒然としている。本命馬が勝って喜んでいる人々もいるが、憤然としている者もいる。何人かの賭け人もやはり憤然としている。憤然として、きわめて大きな遺憾の念を抱いている。馬から下りる騎手の前にトレーナーが立ちはだかる。騎手はトレーナーを押しのけ、更衣室へ向かう。そしてシャワーも浴びずに、ちらちらうしろをふり返りながら大急ぎで着替えを済ませる。そしてドアに飛んで行く。だがドアの方が先に開く。いかめしい顔をした大男が戸口をふさぐ。「今度は別のものに乗ってもらうぜ」と大男は言う。「俺じゃない――馬のせいなんだ!」と騎手は抗弁する。「言うことを聞かなかったんだ、本当だよ。頭がおかしいんだよ、そういう馬っているんだよ!」。「俺に言っても無駄だよ、チビさん」と大男が言う。「俺の仕事は、言われたところにお前を連れてく、それだけさ」
車は田園地帯を飛ばしていく。騎手は悲しみに沈んだ顔で窓の外を見る。「駄馬どもが……」農場で馬が二頭、のんびり草を食んでいる前を過ぎると彼は苦々しく呟く。
運転している男はちらっと騎手を見る。男は鼻を鳴らす。「そうさ、馬のせいにするがいい」と男は言う。
「お前なんかに馬の何がわかる?」騎手は歯を剥く。破滅の予感に、声が甲高くなっている。
運転している男は肩をすくめる。そして、車のドアにもたれて陰気に背を丸めている痩せっぽちの男をもう一度ちらっと見る。少しして、小さな笑みがその唇に浮かぶ。「心配するなって」と男は言う。「ひょっとしたら両脚折られるだけで済むかもしれんぞ」
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