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メッセージ
「ラブリー・ボーン」訳者のイシイシノブさん、担当編集者より読者のみなさまへメッセージが届いています。

イシイシノブ
「ラブリー・ボーン」文庫化に向けて

 『ラブリー・ボーン』は『希望』です。
 14歳で殺されてしまい、この世から去らなければならなくなった主人公スージーが見つけた『希望』です。
 彼女の時は止まり、何でも望んだものは手に入る天国にいながら、彼女にできることは残された家族がバラバラになっていく姿を天国から見つめることだけ。時間というのは非情なもので、現実の世界では何があっても、それが止まることはありません。犯人探しに躍起になるパパ、殺された姉を持つことになってしまった妹リンジーや弟バックリー、そして娘を失ったショックに耐え切れなくなったママの時間は止まらず、喪失との折り合いをつける間もなく先へ先へと進んでいきます。
 そこにひとつの戦いが生まれます。『記憶』との戦いです。先へと進んでいく時間のある一点に刻まれた『記憶』は、楽しいものであっても辛いものであっても、その先の時間とともに生きつづけます。楽しいものであれば、呼び覚まされる時と場所を選んでくれることもあるでしょう。しかし、辛いものはそうではない。望むと望まざるとにかかわらず、戦いは始まります。
 そしてそれは、戦争や暴力や競争といった目に見える戦いではなく、目に見えない戦いです。勝敗もはっきりとしない、説明のしづらいものです。この世の中は、そんなもので溢れかえっているのかもしれません。この物語での目に見えない戦いは、天国にいるはずのスージーの目を通してはっきりと浮かびあがります。
 その戦いの果て、スージーに作者が見せたもの、それが『ラブリー・ボーン』という『希望』なのです。『希望』にたどり着くまでの旅を、ぜひ共有してください。その過程は誰の身にも起こりえることですから。

 そして、この物語は小説だけにとどまらず映画になりました。「ラブリーボーン」、ピーター・ジャクソン監督、シアーシャ・ローナン主演、日本公開は2010年1月29日。小説版に限らず、映画となったこの物語を、ぜひ愛する人と共有してください。

 注)ただし、最初のデートのときに、この物語の話題を持ち出すのは危険かもしれません。重すぎます。でも、二度目以降のデートで、その話題を持ち出すことができる相手がいれば、その人はかなり本気であると思って間違いない、そう思います。
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編集担当F
 身近な人の訃報を聞いたとき、「ああ、亡くなるとわかっていたら、伝えたいことがあったのに、あれをしてあげたかったのに……」と後悔したことはありませんか? この思いが天国にいるその人に、どうか届いてほしい、と真剣に祈ったことはありませんか?
 この物語では、その後悔や祈りが、反対に天国から向けられるのです。
 もしあなたが今日でも明日でも不慮の死をとげてしまったとしましょう(縁起でもないことを言ってごめんなさい)。
 まさか自分が死ぬなんて……死んでしまって天国に行ってからも、どうも自分では死んだ実感がないし、納得いかない。としたら、何を思いますか? 「あれをやっておきたかったな」「これをしておけばよかった」「あの人にあれを伝えたかった……」いろいろな思いが駆けめぐることでしょう。
 本書の主人公スージーは、まさにその思いにとりつかれます。
 14歳という多感な年齢で突然命を絶たれた女の子。ようやく初めてのキスを済ませたばかりだし、将来なりたい自分がいろいろありました。でもその続きを紡いでいくことは叶わない――。
 せつなくて、もどかしくて、そして地上に残されて自分ができなかったことをしていくみんながうらやましくて……。だけれど、スージーの語り口はけっして後ろ向きではありません。 家族や友人を心の底から思っているからこそ言えること、その言葉のひとつひとつが、読む人の胸に迫ってきます。
 そのスージーの素直で真摯な心が、表面だけのやさしさでは人は救われない、心の底からやさしい気持ちを持つことで、誰かほかの人をしあわせにすることができるんだよ、と語りかけてきているようにも思います。
 そう、これは人を信じる気持ちにさせてくれる物語なのです。
 「無償の愛」の物語と言っても過言ではないでしょう。
 どうかこの小説を冒頭のシーンにめげずに読み通してください。
 読み終わった後、大切な誰かにプレゼントしたくなる本ですから。
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